サンパウロ 2年間

 サンパウロ「Sao Paulo」の生活(2016年4月~2018年3月)を綴ります。

                 NEXT         
2017年11月19日(日)
「サンパウロの生活」


 サンパウロ来てから1年半が経った。年間を通して,そんなに暑くないし,またそんなに寒くない。アパートの部屋は,冷暖房が必要ない。夏の昼間は35℃程度になるが,日陰だと過ごしやすいし,湿気は多くない。冬は,朝は10℃程度になり冬物の服が必要ではあるが,雪はふらないし,昼間は暖かい。標高が800mなので,一日の中に四季があり,朝は寒く,昼は暑く,夜は寒いという感じである。

 1908年に日本人の移民が初めてブラジルに来てから,約25万人が移住した。そして今では,約190万人の日系人がいる。その日系人が日本の野菜を作り始め,日本の野菜が町で売られているため,日本の野菜については困ることはなく,ほとんどのものが手に入る。また,値段は高いが,醤油,ソース,カレー,納豆・・・等,ほとんどの日本食材が輸入されている。ダイソーもあり,品数は少ないが雑貨にそんなに困ることはない。

 町の治安は,普通の場所に行っている限り,そんなに問題はない。ファベイラには行かないし,夜は人通りのない所は歩かないので,普通に生活をしている限り,問題はない。在外なのでいつも注意は怠らないが,必要以上に神経質になるのも考えようである。

 南アメリカのほとんどの国はスペインに侵略され,現地人が殺されていったが,ブラジルはポルトガル人に侵略された。ポルトガル人は植民地での混血を嫌わずに,白人,インディオ,黒人が融合して様々な混血が生じた。日本人も2世以降,ブラジル人と結婚する人も増えてきている。そのため,ブラジル人の多くが他の人と上手にコミュニケーションをとろうと考え,人当たりも実に温かいし,ほとんどの人が大変親切である。握手やハグや手での合図など,いつも見かける光景である。日本人もブラジルの農業に大変貢献したため,尊敬されていて日本人への態度も大変良い。日本食や日本の製品も人気である。

 時間が曖昧であったり,物事がいい加減であったり,町が汚れていたり,水漏れ等の問題は日常茶飯事であるが,慣れてしまえば(無視してしまえば)苦にもならず,日常の生活にほとんど困ることもない。(もちろん,国の政治や教育等の問題は沢山あるが)

 全体的に見て,気候は最高であるし,自然災害もなく,人間が良いので過ごしやすい街で大変好きになった。住めば都といった所だろうか。

 日本を離れて生活してみれば,当地の不便さから日本の長所がわかる。また当地の良さから日本の短所もわかる。そのことを通して,より広い視野や考え方に立って考えることができるようになったことが本当に良かった。

inserted by FC2 system